マリス・ビジネス 〜malice business〜
著者:shauna


役所に行き、簡単な自己紹介と“刻の扉”を使わせて欲しいムネを伝えるとすぐに魔道学会の知り合いから“刻の扉”の使用許可は下りた。
こういうときだけはフェルトマリアの名を持って本当によかったと思う。
 そして、数分で手続きを済ませて、屋敷の地下室へと戻ったわけだが・・・・
 ―なんだこれは・・・―
 シルフィリアの顔が驚きに満ちる。
 この屋敷は旧エーフェ皇国の、離宮を移築したためその離宮の名前そのままに“レウルーラ”と呼んでいるのだが・・・
 そのレウルーラは全部で3階建て4階層からなる。
 一階は基本的に大広間や食堂や大厨房など普段使わない施設で、2階は客間や応接室や使用人の部屋やキッチンや大浴場などの水周りが集約されている。
3階は自分とアリエスの執務室や寝室などのプライベートな空間。そして、地下。ここはこの家でも特に重要な部分で、工房、“刻の扉”、そして、すべての財産を入れた大金庫室があるのだが・・・。
 その地下室は普段の整った整理整頓はみる影もなく、製作途中だったスペリオルは全て盗まれ、ほとんど全ての道具や注文書などが床に散乱していた。
さらに、よく見れば、“刻の扉”の前にも厳重に鎖でロックをした跡がある。おそらくは使用した衝撃で鎖が飛んだのだろうが、一歩間違えば帰ってこられないところだった。無論それはセイミーをあんな姿にした者の仕業なのだろうが・・・。
もちろん、被害は大金庫室にも及んでいた。魔法水晶製のパスワード版は“ERROR”の5文字を刻んでおり、何度か魔法や爆薬で扉を破壊しようとした跡もある。
しかし、流石フェルトマリア家の金庫だ。
表面が黒ずんで、いくつか傷は見受けられるものの、パスワードを打ち込む暗証盤も含め、その他はほとんど損傷が無い。
中も当然のように開けられた形跡は無かった。
 一階の階段へと向かう途中でシルフィリアは杖を握り締める。杖の先端は十字の槍状になっていて、それ単体でもエアハルバートとしての役割を果してくれる。
それに槍術は剣術と並び、得意分野だ。
 階段を一歩一歩踏みしめながら、周りの様子を伺いつつ、一階へ上がるとそこにはさらに悲惨な状況が広がっていた。
 お気に入りの蒼い絨毯。お気に入りの白い壁紙。お気に入りの漆塗りの手すり、壁にかけられた巨匠達の絵画。その全てが墨で黒く汚れている。
 それに、どうやらパーティーの準備中だったのか、手すりには全て折り紙で作られた飾りつけがしてあったが、そこからは未だに火が燻っていた。
 警戒心をそのままにシルフィリアは屋敷中を歩き回る。妙な光景だった。子供がどこにもいないのだ。今日預かっているはずの17人の子供達。
ただ一人としてその姿が見当たらない。さらに、アスロックまでも・・・。
 一階を全て見終わって、脚を二階へと伸ばす。
 しかし、同じように見て回っても荒らされた形跡はあるものの、人影は見当たらない。そうそういつまでも屋敷の中にいるはずがないか・・・
二階の探索も終わったシルフィリアはそのまま三階へと向かおうとする。
 ―・・・・!―
足音が聞こえた。
シルフィリアが瞬間的に杖を構えた。足音はひとつ向こうの曲がり角の向こうから静かにこちらへと歩いてくる。無駄の無い静かな忍びのような足音。
おそらく相手はプロだ。シルフィリアは曲がり角に身を潜め、杖の先端を通路へと向けた。そして・・・
その姿が見えた瞬間に一気に突く。もちろん、殺すつもりなど無く割りと浅めに。犯人なら聞かなければならないことが山ほどある。
しかし、その浅さが仇となった。相手は体を捻ってこちらの一撃をかわす。
“クッ”
シルフィリアが小さな声を発して二度目の突きを繰り出そうとした時!
「シルフィー!!」
両手を挙げた相手が名を呼んだ。聞き覚えのある声で・・・
「アリエス様・・。」
クシャクシャの黒い髪と黒い瞳。間違いない。
「脅かさないでください。」
突きつけた槍を納め、シルフィリアはホォ・・と息を吐いた。
「そりゃ、こっちの台詞だ。」
お互いが少し安堵の表情を浮かべる。
「今、着いた処ですか?」
「ああ、ミーティアに聞いて、デュラハンに扉の使用許可をもらって、工房を見て、すぐに二階へ上がった。状況は?」
シルフィリアが首を振る。
「わかりません。とにかく今はみなさんの安否の確認を・・。」
「二階は?」
「誰もいませんでした。残るは三階だけです。」
ほぼ同時だった。シルフィリアとアリエスが三階へと続く階段を見据えるのは。そして・・・
「参りましょう。」
シルフィリアの一声で2人はゆっくりと歩き出す。三階にたどり着いた時、先に口を開いたのはアリエスだった。
「俺は寝室の側を見てくる。シルフィーは自分の部屋の方向を・・・」
シルフィリアは無言で頷き、2人はそれぞれ左右に分かれた。シルフィリアはまず、バスルームを見るがあいかわらず荒らされてはいるものの人影は無い。
そして、次に自分の執務室へと足を踏み入れた時だ・・・。
ドアを開けたその瞬間。シルフィリアの顔が恐怖で染まる。
「アスロック様!!」
そこには自分の執務机に血まみれで寄りかかるアスロックの姿があった。
「アリエス様!!アリエス様!!」
シルフィリアの呼びかけにアリエスもすぐに部屋へと駆けつけた。そして・・・
「なんだこれは・・。」
驚きとそして怒りに満ちた声でアリエスもつぶやいた。
「アスロック!!」「アスロック様!!」
2人の呼びかけにアスロックはわずかに反応する。
「・・あれ?・・帰るのは明日のはずじゃ・・・・。」
こんな状況でもマイペースを崩さない姿勢には敬服するが、今はそれどころではない。彼の手に握られていたのは折れたエアブレードだった。
おそらく、こんなもので戦っていたのだろう。しかも剣には明らかに人間ではない青い血がついている。だとすると、敵はモンスター?
いや、地下の金庫で爆薬を使っていたからそれは無い。
おそらく召喚術士がいたのだろう。しかし、モンスター相手にアスロックは折れたエアブレードで一矢報いたというのか?やはりこの男は強いと2人が実感する。
しかし、今はそんなことを言っている場合ではない。とにかく、今は彼の治療が先だ。
シルフィリアが「神の祝福(ラズラ・ヒール)」を唱えようとした瞬間。
「シルフィー!」
アリエスが叫んだ。
「あれ・・。」
反応したシルフィリアにアリエスは壁を指差す。そこにはお気に入りだった白い壁紙にアスロックの血でこう書かれていた。
“ガキ共は預かった。返してほしくば、指定の物を持って一人でクラブ「ナイトメア」まで来い。尚、クラブへの地図と指定の物は下のメモに記載する。ざまぁみろ!!”
アリエスが血文字の書かれた壁の下にナイフで止められていたメモ用紙をシルフィリアも元に届ける。
血をインク代わりにして書かれている。今度はアスロックのものでは無い。
血の色が僅かに鮮やかだ。おそらくは子供達のを・・。
「こいつらイカれてんのか!?」
アリエスが叫ぶ。
「文面に乱れが無い・・・書いた人は正気ですよ・・。」
シルフィリアの顔に酷い憎悪の念が宿る。できれば今すぐにでも殺してやりたい。瞳の光も段々と鋭く、そして、刺々しくなっていく。
シルフィリアの手の中にあるメモをアリエスが読み上げる。
「Dear シルフィリア殿。要求:スペリオル“ブリーシンガメン”、“ニーベルングの指輪”の2点。場所:ホートタウン3番街西通り32-8.クラブナイトメア。尚、明日の夜明けまでをタイムリミットとし、時間になった時点で人質の一人を殺す。さらに、そこから一分遅れる毎に一人ずつ人質を殺していくのでそのつもりで・・・賢明な判断を祈る。」
「卑怯な・・・」
アリエスは読み上げると同時にメモをバラバラに引き裂いた。当然、その目には憎悪しか浮かんでいない。むしろこうしなければ怒りで我を忘れるところだった。
息を荒くしながらなんとか理性を保ち、アリエスは血文字の書かれた壁を思い切り叩く。瞬間、ビシビシと壁にヒビが入った。
「神の祝福(ラズラ・ヒール)・・。」
詠唱を終えたシルフィリアが静かにアスロックに向かって呪文を唱える。
アスロックの傷が緩やかに治っていくことに若干の安心を覚えながらシルフィリアは先程のメモの内容を思い出していた。
「要求を呑みましょう。」
シルフィリアが静かに答える。
「でも!」
アリエスの大声にもまったくと言っていい程シルフィリアは反応しない。いや、むしろ焦燥感に駆られている感じだった。
力を手に入れ、それを“どんなふうに使いたいか”を初めて自分で考えた結果に導き出した答え。それは・・・
『自分なりのやり方で戦争を二度と起こらない状態にして、悲劇を繰り返さない。』
そして、それは実現するものだと思っていた。今の自分なら。これだけの思いと力があれば叶うと信じていた。
なのに、自分は僅か17人の子供すら守れなかった。それなのに、数億の人間を助ける?笑ってしまう。でも・・・
「せめて、あの子達だけは助けたいのです。私のせいで何の罪も無い子供達が犠牲になるのは見ていられません。」
「シルフィー・・・」
「大丈夫です。策が無いわけではありません。上手くいけば子供を助けるだけでなく犯人も逮捕できます。」
「・・・・成功率は?」
「・・・・・」
シルフィリアは答えなかった。おそらく成功率は一桁なのだろうとアリエスも心の中で納得する。
そして、シルフィリア静かに呟く。
「アリエス様。約束覚えてます?」
「ああ・・・」
アリエスが腕組みしながら頷く。
「もし、私が何らかの形であなたに敵対することがあれば、迷わず私を殺して下さい。」
「わかってる。」
それからシルフィリアは未だ眠るアスロックの元へと歩み寄る。
「巻き込んでしまってごめんなさい。」
そう言って、彼の顔の前に小さな鍵とポケットから取り出した指輪を添えた。さらに簡単にメモを書いてそれも添える。


○ ○ ○

「では、行ってきます。」
シルフィリアはそう言って屋敷を出ていった。
「結局、また何もできなかったな。」
アリエスもそう呟き、地下へと向かう。そして“刻の扉”の向こうへと消えていった。



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